議論とは

前回の記事において、議論とは何たるかについて少し考察してみたのですが、さらに論を進めてみたいと思います。

まず、議論に参加する者の建前上のスタンスですが、

  • 自分自身では現時点において可能と思われる最大限の論理構築をした。しかし、うっかりや経験不足による視野の狭さのために誤ることもあり得るという意味で、構築した論理が必ず正しいと言い切るほどの過剰な自信はない。もしも誤りがあるのならば、その誤りを誰かから指摘された時点で自分が構築した論理を修正したい。

というのが大前提になるように思います。この前提を置くことこそが、「議論」が思想や価値観などの「押しつけ」と決定的に異なる点ではないでしょか。つまり、建前上の目的は、自分の論理を誤りのより少ない形に修正するという完全に個人の範囲に閉じたものであり、相手との共通合意を形成することでも、ましてや相手に自分の論理を無理に受け入れさせることでもないといえるでしょう。この意味で、議論に決裂も勝ち負けもありません。

上で何度か「建前上」と書きましたが、実際問題として、たとえ真の目的が自身の思想・価値観の布教であったとしても、見た目の態度として建前上の目的さえ満たしていれば議論に参加することは可能です。しかし、誰かから自分の思想や価値観における論理の誤りを指摘された時に、もしもその指摘に対して有効な反論ができないならば、暫定的に自身の思想や価値観を修正するか、あるいは、修正することなく自身の思想や価値観を貫くかのどちらかを選択することを迫られます。そして後者を選んだ場合には、議論に参加しているという見掛け上の姿勢は騙しであって、実際には自身の思想・価値観を他人に布教することを目的にしていたという事実が露呈してしまうことになるでしょう。その時点でその人は、議論に違う目的をもって参加していた不審な人物という扱いになってしまうわけです。もちろん前者を選ぶことも制限されていませんけど、それではミイラ取りがミイラになってしまうようなものなので、その選択をするのもなかなか辛いところではないでしょうか。

さて、議論における上記の建前上のスタンスから逸脱するっぽい行為を見受けることがよくあります。いくつか挙げてみたいと思います。

  • 相手の主張における論理の誤りを指摘して、それに対する反論がなされなかった場合に、相手に「自分の主張を撤回したのですね?」と尋ねる行為

もしも相手がその主張を成立するものとして論をさらに進めたのならば、「誤りの指摘に対する反論がいつの間にいったいどこでなされたのか?」と尋ねればいいのであって、「主張を撤回したのですね?」は文脈的にありえない質問です。一方、相手がその主張が成立していることを必要としない形で論を進めている場合は、相手が主張を撤回したか否かは判定不能です。しかし、相手の論はすでにその主張が成立するか否かに依存しないものになっているのだから、あえて「主張を撤回したのですね?」と尋ねる理由が立ちません。つまり、議論においてこの手の質問をする機会は存在しないわけです。

  • 「あなたはなぜそのように行動したのですか?」の質問に「あなたは、私がなぜそのように行動したと予想し、その理由のどこに問題があると考えているのですか?」と尋ね返され、「理由がまったく予想できないので尋ねているのです」とだけ答えるような行為

まったく予想ができないのならば、尋ねる理由が立ちません。また、予想ができるようになるまで質問をするタイミングを先送りしたとしても、遅すぎることはありません。というか、議論におけるその手の質問は、可能な限り相手が繰り出し得る返答の候補を想定し、そのいずれであっても相手の主張内容に関する矛盾や不備を指摘できるという脳内シミュレーションののちになされなければなりません。それが議論の建前上のスタンスにおける「最大限の論理構築」であり、それをしないのは議論をする者としての資質を問われることになるでしょう。

  • 相手が以前にした主張について後により詳しくその解釈を説明した時に、「あなたはそのような主張はしていなかった。あなたは自分の意見を変えたのだ」とだけ決めつける行為

議論において、意図する概念とそれを表わす言葉は必ずしも1対1に対応しません。したがって、議論を進めていく間に最初に主張した内容についてより詳細な解釈の説明がなされることは往々にしてあり、またそれが自然な流れともいえます。最初の主張の段階では、その主張内容について様々な解釈が可能であったかもしれません。その可能性が説明の追加によって少数に絞り込まれていくわけです。しかし、可能な解釈が複数残っている場合は、どれが本当に意図している解釈なのかは確定しません。だとしたら、「あなたはそのような主張はしていなかった。」と決めつけるだけの行為は、議論ではなく単なる言葉遊びでしかありません。