議論における意見の撤回は簡単

議論とは何たるかについてよく解っていないっぽい意見を目にしたので、ちょっと言及してみたいと思います。

元記事は
意見を撤回すること:しっぽのブログ
なのですけど、主張内容はというと、

自分の意見が間違っていると思ったら、撤回するべきだ

「「意見を撤回すること」についてさらに考えてみる」への返信:しっぽのブログ

だそうです。この「意見の撤回」というのは文脈的にはどうやら「意見を撤回する旨を明示的に表明する」という儀式ことらしく、この意見に対して「撤回の儀式は、撤回理由の開示とセットでければならない」という意見の方とちょっとした議論のような感じになっているというのが大筋の流れのようです。

しかし、そのような儀式は議論において本当に必要なのでしょうか。

議論において、ある意見に対してなされた反論に誰も反論をしなければ、誰かが反論をするまでの間、その意見は自動的に撤回されたものとして扱われます。自分が主張した意見をたとえ暫定的にでも撤回したくないのであれば、相手からの反論に自らが反論をしなければならないのです。もしそうだとすれば、議論において儀式が必要なのは、自分の意見に反論がなされた時にその意見の自動的な撤回を回避したい場合であり、その儀式とは反論に対する反論ということになるでしょう。

つまり、相手からの反論に反論を返せないならば、自動的に意見を撤回させられた形になってしまうわけで、「撤回するべき」もへったくれもないのではないでしょうか。言い換えると、ある時点で反論が返せないならば、それ以降の反論を返すまでの間は、自分の意見に反論をした相手の主張を暫定的に認めている状態にあるという扱いになるわけです。相手から意見を撤回された側としては、それで十分でしょう。それ以上の何をいったい望むのでしょう。

もっといえば、議論における「意見の撤回」とは、早い話、その意見の主張内容が成立するという前提をその人が一切用いなくなることをもって成立するのではないでしょうか。「撤回するよ」宣言のようなセレモニーなんてまったく必要ないわけです。ましてや、「「撤回するよ」宣言しろよ」要求なんて、議論とはまったく別次元の話と言えるでしょう。

あと、相手からの撤回理由の開示を主張された方については、「意見の撤回」(のセレモニー)は必要ないという意見に至られたようですけど、その記事のコメント欄において、

もちろん「相手の述べていることを理解できた」というのが前提になりますが。

そして、だからこそ意見を撤回された場合にはよくわからんのでやっぱりその理由は求める、と。

「意見を撤回すること」についてさらに考えてみる | ロテ職人の臨床心理学的Blog

だそうです。

でも、相手は「自分の意見に対する反論への反論が現時点では用意できなかったから」とさえ答えれば十分なわけです。そして、そのような答えは相手に尋ねるまでもなく自分で想定できるわけです。それでもなお相手に理由を尋ねるのならば、その答えはありえないという根拠を用意しておく必要でしょう。

議論において相手に質問をする場合は、その質問には暗に主張が含まれている必要があります。議論は、反論の往復によって成立します。主張の含まれない質問には反論のしようがありません。たとえば、「○○ですよね?」という質問には「○○であるという私の主張に反論できない」という主張が含まれる必要があります。でなければ、「○○であるという私の主張には反論の余地がある」ということを自ら認めていることになり、ならば、その反論は相手に尋ねるまでもなく自分で構築すればいいだけのことになるからです。「××なのはなぜですか?」も同様です。この質問をするからには「△△以外の理由を述べることはできない」という主張が含まれている必要があり、できれば「△△だからではないですか?」との質問と合わせてなされるのが望ましいわけです。そして、○○も△△も、相手の論理の矛盾を導くことに用いられるものでなければなりません。でなければ、その質問がなぜ議論において必要だったのかを問われることになるからです。

だとすると、「なぜ意見を撤回したのか?」に対する相手からの「反論が用意できなかったから」の返答に、いったいどのような有効な対応策があるでしょう。「いや、おまえは反論するのが面倒くさくなっただけで、本当はよく考えれば反論できるはずだ」と主張できるのでしょうか。しかし、仮にその主張をしたとして、それは変な主張でしょう。自ら「私の意見には反論の余地がある」と認めているわけですから。

結局のところ、相手に「なぜ意見を撤回したのか?」と尋ねるのは、議論とは関係のない何か別の目的が含まれているような気がします。

まとめます。議論とは、「お前の意見に対して俺が提出したこの反論に反論を提出しろ、さもなければお前は俺の提出した反論を受け入れて自分の意見を撤回したことになるよ?」というフェーズの往復です。そして、それぞれのフェーズには「お前は俺が提出したこの反論を覆す反論を提出することはできないから、意見を撤回しなければならない」という暗黙の主張が含まれているものと扱われます(でなければ、議論をする者の態度としては準備不足の怠慢です)。だとしたら、「意見の撤回」は、相手が自発的にそれをするべきかどうかの問題ではなく、自分が「相手に反論の余地を与えない反論を提出する」ことによって相手がそれをしたことになるように仕向けるかどうかの問題ではないでしょうか。